季語を選ぶのが楽しい俳句の創作。
この夏は、山にちなんだ季語を使って、猛暑に一服の清涼剤となる爽やかな俳句を詠んでみませんか。
もちろん「夏山に足駄を拝む門出哉」(松尾芭蕉)や「夏山や通ひなれにし若狭人」(与謝蕪村)にならい、季語に「夏山」を取り入れるのも悪くありません。
一方で、少し差のつく夏の季語としておススメなのは「山滴る」(やましたたる)です。
滴るとは、水がしずくになり流れ落ちる意味で、木々の葉が青々と茂る夏山のみずみずしさを表しています。
「山滴る」を季語として定着させたのは、近代俳句を確立した正岡子規であるという説もありますが、季語を集めた「歳時記」には最近まで記載がなく、夏の季語かはっきりしませんでした。
その理由は、山道の木陰にある苔むした岩肌を濡らす湧き水のイメージである「滴り」という言葉が季語として存在したためと言われます。
今では夏の季語として概ね認知されたものの、一風変わった描写と感じさせるのは、語源が中国の山水画にあるからです。
北宋(960~1127年)時代に活躍し、中国切っての山水画家として名をはせた郭煕(かくき)の画論は、彼の子どもである郭思が「林泉高致集」という書物にまとめました。
その中の一編で、山水画を描く際の遠近法や着眼点を述べた「山水訓」によれば、山は四季により姿を変えるとし「夏山蒼翠として滴(した)たるが如し」と例えています。
とりわけ、郭煕は山水の景を活物として捉えると説いており、山を擬人化した季語が生まれるきっかけになりました。
ちなみに、「山滴る」は三夏の季語となっており、初夏・仲夏・晩夏と幅広い夏の情景描写が可能です。
「山粧う」はいつの季語?語源は「臥遊録」で、時期と意味は・・・
新緑が眩しい夏山から、雪を被った幻想的な冬山まで、四季折々に様々な姿を見せる雄大な山。
1年を通じて変化に富む山の姿と同様に、山を用いた季語も実に多種多様であるのが魅力です。
続いて注目したいのは「山粧う」(やまよそおう)という季語。
顔を綺麗に整える化粧を連想させますが、意図する季節も山が美しく彩られる時期に他なりません。
「山粧う」は、紅葉真っ盛りの色づいた山を象徴する、秋の季語です。
赤や黄色に染まった木々に覆われた美しい秋山を上手く言い当てたこの言葉は、中国の「臥遊録」(がゆうろく)という書物に起因します。
南宋(1127~1279年)時代の儒学者である呂祖謙(りょそけん)がまとめた「臥遊録」には、次の詩が含まれていました。
「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠にして滴るが如し、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として眠るが如し。」
この詩を詠んだのは、前述した中国山水画の第一人者郭煕(かくき)で、秋の季語となる「山粧う」に加えて、春の季語「山笑う」の由来とされています。
郭煕の言葉は、郭煕の子が編集した「林泉高致集」に続き、後年「臥遊録」という書物でも再び取り上げられ、江戸時代には日本の俳人達もこれらの季語を使い始めました。
江戸時代後期の小説家である曲亭馬琴(滝沢馬琴)は、1803年に「俳諧歳時記」を刊行し、郭煕の詩から「山笑う」を春の季語として紹介しています。
「山笑う」の卓越さは季語として多くの支持を得ましたが、「山粧う」は秋山の定番季語である「秋の山」の陰に隠れている印象が否定できません。
俳人から見れば「山粧う」は受け身で、躍動感に欠ける季語かもしれませんが、秋山の美しさをストレートに称えるにはうってつけの表現と言えます。
「山眠る」の使い方は?語源は「臥遊録」で、時期と意味は・・・
夏の「山滴る」に並んで、秋の「山粧う」が出揃うと、次に気になるのは冬山を題材とした季語「山眠る」です。
「山眠る」は、寒さ厳しい冬の間、まるで冬眠しているかのように静まり返った山の様子を端的に示しており、発想の豊かさに驚かされます。
多くの俳人が冬の季語として好んで活用しており、例えば「君が世や風治りて山ねむる」の句は、1792年(寛政4年)30歳の小林一茶によるものです。
当時の一茶は、西日本を旅しながら、異国船が漂着する日々を憂い、時代の移り変わり前の静けさを山に例えました。
また「金色夜叉」等で知られる明治の文豪、尾崎紅葉は「日あたりの海ほかほかと山眠る」と穏やかな冬の情景を詠んでいます。
「山眠る」は俳句以外でも、明治の歌人である若山牧水が、旅先の伊豆で2月の寒々とした光景を詠んだ「山ねむる山のふもとに海眠る かなしき春の国を旅ゆく」の短歌でもお馴染みです。
そんな「山眠る」の原点も、やはり中国の山水画家、郭煕の言葉を引用した「臥遊録」にあります。
郭煕は「冬山惨淡として眠るが如し」と形容しましたが、惨淡とは、見るも無残な様子や、嘆かわしく悩ましい状況を意味します。
とは言え、惨淡は、惨(みじめさ・痛々しさ)と憺(=淡、安らぎ・静けさ)という相反する意味の語を組み合わせた熟語であり、言葉通りの深刻度は感じられません。
枯れ木や雪に覆われて少々寂しくも、ただひたすらにじっと春を待ち、静かに英気を養う山の姿に覚えた共感が「山眠る」の季語に込められています。
「山眠る」には、子季語として「眠る山」のバリエーションもあり、覚えておくと重宝しそうです。
まとめ
山にまつわる俳句の季語は数多くありますが、是非知っておきたいのが「山笑う」「山滴る」「山粧う」「山眠る」の4つです。
4つの季語は、それぞれ春夏秋冬にちなみ、語源は中国の山水画家である郭煕(かくき)の言葉である「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠にして滴るが如し、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として眠るが如し。」にあります。
郭煕の画論は「林泉高致集」の山水訓の一編や「臥遊録」といった中国の書物に引用されており、江戸時代の日本の俳諧師にも多大な影響を与えました。
山を擬人化した独特の表現は、山水画ならではの視点であったかもしれませんが、俳句に深みと広がりを持たせる季語として最適です。