四季の移り変わりを描写した時候の挨拶は、礼状やビジネスレターで使用する機会も多く、ひと通り心得ておくと何かと役に立ちます。
例えば、春の到来を表現するなら「桜花爛漫の好季」や「春暖の候」などのフレーズが使え、「師走の慌ただしい季節」や「初雪の便りが届く頃」は冬にピッタリの言い回しです。
そして、澄み渡った青空とやわらかな陽射しが特徴的な秋の慣用句としては「天高く馬肥ゆる秋」がお馴染みと言えます。
漢詩を起源としているため少々お堅い響きですが、空気が澄んだ秋の空は高く、収穫を迎えて馬の食欲も増して肥える時期、との意味です。
黄金の稲穂が垂れ、果実の成熟もピークを迎える秋は、実りの秋や食欲の秋としても知られ、まさに「天高く馬肥ゆる秋」は美味しい秋の情景を言い当てています。
しかし、元々の意味を辿ると「天高く馬肥ゆる秋」に込められた意図は、のどかな秋を象徴するだけではないことが分かり、その意外性に驚きを隠せません。
真の意図は、人々への注意喚起と日頃の備えを怠ってはいけないという警告です。
その昔、中国では秋になると北方から馬に乗った異民族が大挙し、収穫を略奪する行為が横行しました。
夏の間にしっかりと栄養を蓄えた強靭な馬で押しかけ、攻め込まれる恐れがあるため、注意を促したのが由来です。
厳しい冬を目前にした秋は、争いごとが起きやすい不安定な情勢になりやすく、油断せず戦いに備えよというリマインダーでもありました。
やがて遊牧民が戦いに破れ、国の安定が保たれるようになると、次第に注意や警告の意味は薄まりました。
現代では、気持ちの良い気候を称賛し、食欲にまかせて秋の味覚を食べ過ぎないように気を付けよという意味合いを持つ慣用句として定着しています。
のどかな秋の描写とは裏腹に、実は予期せぬ攻撃に注意を呼びかける緊張感が隠されていたとは、故事の意味深さをひしひしと感じさせます。
天高く馬肥ゆるの候、とは神無月(10月)の時候の挨拶?!
改まった手紙には欠かせない時候の挨拶にも、秋を表現する際には幅広いバラエティがあります。
一般的に秋と言えば、9月~11月を指します。
しかし、夏の名残りを感じる初秋の9月と、木枯らしが吹きすさぶ晩秋の11月では、同じ秋と言っても感覚的には大きな違いがあり、時候のフレーズ選びは慎重にしたいものです。
天高く馬肥ゆる秋の慣用句を引用した「天高く馬肥ゆるの候」は、秋の時候の挨拶として代表的ですが、旧暦で10月を表す神無月(かんなづき)を示します。
10月には各地の神様が、総本山である出雲大社へ集結し、いなくなってしまうと考えられたため、神無月と呼ばれるようになりました。
神無月を表現する覚えておきたいフレーズには、読書の秋を思わせる「燈火親しむの候」や「菊花薫る時節」、「秋月の候」等が挙げられます。
また、錦秋・秋涼・紅葉・秋晴など、真っ盛りの秋に適した様々な熟語の活用もおすすめです。
ちなみに、旧暦の9月は夜長月を短縮化した長月(ながつき)、11月は霜月(しもつき)と呼ばれます。
9月と言えば、中秋の名月や風になびくススキの美しさ、夜長を彩る虫の声など秋の風情が満載の時期です。
そんな情景を再現するかのような「すすきに風情を感じる爽秋の侯」、「初秋の候」、「虫の音にも深まる秋を感じる頃」等の例文が適切で、新秋・秋桜・仲秋・秋雨といった季語を取り入れます。
霜月である11月に入ると、急に空気が冷たくなり冬が近づいていることを実感し、11月7日~21日の間に立冬を迎えると、一気に冬の気配に包まれます。
11月を描写するなら、「深秋の候」や「立冬の候」、「末枯野美しき晩秋の候」等が相応しく、「落ち葉舞う頃」や「初霜の候」も趣のある一節と言えます。
時候の挨拶は、美しい四季のある日本ならではの風習です。めぐる季節を眺めつつ、研ぎ澄まされた感性から生み出された季語や熟語の数々には、端的かつ魅力的に気候を表すキーワードが散りばめられています。
人と馬の四字熟語といえば?人馬一体、管仲随馬、寸馬豆人・・・
端的に秋を表現した「天高く馬肥ゆる秋」は、秋晴れのなか草をはむ馬の、のどかな風景を連想させます。
略して「天高馬肥(てんこうばひ)」とも呼ばれ、四字熟語に込められた意味の奥深さに感心しきりです。
古来から人間と共存してきた馬。
農耕の助けや移動手段として活用するだけでなく、現代でも馬には特別な親しみを持って接する場面が少なくありません。
そんな「人」と「馬」の深い繋がりを取り入れた四字熟語と言えば、多々挙げられます。
例えば、人間と馬の関係を上手く言い表した「人馬一体」は、乗馬における騎手と馬の一糸乱れぬ巧みな連携を意味します。
まるで人間と馬が一体となったかのような、息のあった動作を表現しています。
さらに、先人の知恵や経験を尊重する大切さを説いた「管仲随馬(かんちゅうずいば)」も言い得て妙です。
管仲というベテランの指揮官でも、戦の帰りに道に迷って困ってしまったが、一度通った道は忘れないという馬の優れた能力に頼り、馬を放して後を追い、無事に帰り着くことができたという故事が起源となっています。
また、人には得意とする領域だけでなく、苦手な分野もあるという意味でも用いられる四字熟語です。
他にも「寸馬豆人(すんばとうじん)」は人と馬がモチーフとなり、一寸ほどの馬と豆粒ほどの人という意味で、絵画のバックグラウンドなど遠くに小さく見える人と馬を例えています。
「塞翁之馬(さいおうのうま)」は「人間万事塞翁が馬」のことわざでも知られ、砦に住む老人の元を逃げ出した馬がもたらした幸と不幸は一概に区別できず、一喜一憂するのを戒める意味です。
ライバル関係という本来の意味から、幼なじみの友人関係を表すようになった「竹馬の友(ちくばのとも)」も日常的に使われています。
今なお使われる多くの慣用句からも、馬と密接した人間の生き様が伺えます。
まとめ
かしこまった手紙には欠かせない時候の挨拶。
秋を描写する慣用句としては「天高く馬肥ゆる秋」が定番です。
実りの秋をのんびりと堪能する馬を思い浮かべて、ほっこりとした気持ちになりますが、元々は収穫をめぐる略奪に備えよという注意の意を含んでいました。
「天高く馬肥ゆるの候」は、神無月である10月を暗示する時候の挨拶として最適で、同じ秋でも初秋と晩秋では季語を使い分けるのが賢明です。
「人馬一体」や「管仲随馬」、「寸馬豆人」といった人と馬を描写した四字熟語は多くあり、古来からの人間と馬の密接な関係を物語っています。